「鉄道導入は戦争補償」沖縄の戦後はまだ続いてます。

沖縄の鉄道整備は65年前に終わった戦争で失われた鉄道の補償で導入すべきという新報紙の社説を読んで思ったことをちょっと。まだまだ沖縄では「戦後」は終わっちゃあいないってことですけども。
 

那覇市を中心にした本島中南部でのLRT路線網整備計画についてこないだとりあげたんですけども、本格的な鉄道導入の調査も県の手で行われていたようです。琉球新報紙の社説で知りました。
鉄道導入調査 新たな発想で導入目指せ – 琉球新報 – 沖縄の新聞、地域のニュース

これよると県が発表した調査結果に対する社説の内容のポイントはこんな感じ。

  • 糸満市から名護市までのうち、那覇空港―沖縄市の間は費用対効果ありそう
  • 調査は都市部を中心に三十数キロメートルを地下構造と想定してる
  • 地下はコストがかかりすぎるから、もうちょっと頭を使って安く上げて事業性の低い区間まで線路敷いてみたらどうか?
  • 牧港補給地区、普天間飛行場、キャンプ瑞慶覧と返還予定基地をつなげば地上に線路敷けるから地下にするより安上がり
  • さらに嘉手納弾薬庫、キャンプ・ハンセンなどとつなげば名護までもいけちゃうんじゃないの?
  • 試算が地下敷設を想定したのは、国交省令で道路と鉄道の平面交差を禁じているからで、こういう法令もいかがなものか?

といったところ。
人のいない基地の跡に電車走らせるより、人のいるところをLRT走らせた方が事業として持続できるんじゃないかと思いますが、それはそっち方向の詳しい人にまかせて、気になったのはこの社説の後に続く部分でした。要約すると。

沖縄戦のせいで戦前にあった鉄道がなくなっちゃった。本土は戦後国鉄の恩恵で地域が発展したりしたけど沖縄はそれがなかった。新幹線なんてもってのほかでしょ。

だから、

戦争で失われた鉄道を国に還してもらうっていう発想で、壁になりそうな法令とか、補助制度とか、そういうのを取っ払ってもらっちゃう仕掛けを考えてみればいいよ。

だけど、鉄道整備の引き換えに米軍基地の移転とかチャラにさせられちゃうのだけは気をつけたいね。あくまで戦争で失われたものを補償してもらおうってことだよ。

特徴的ですね。

戦争終わって65年、県を代表する新聞の社説でこういう論法が語られるっていうことは、まだまだ沖縄では「戦後」は終わっちゃあいない、と思わされました。

果たしてこの論法を沖縄に比べてどんどん「戦後」が薄れてきてる「本土」に持ち込んだら、受け入れられるもんなんだろうか?